歯科の技術が役立った蝋管レコードの複製

No.134

 エジソンの「蓄音機」
 「白熱電球」を発明した、トーマス・エジソンは「蓄音機」も発明している。その構造は、音を記録する部分と再生する部分は、CDのような共通のメディア(植物蝋のカルナバ蝋で作られたtest交換可能な円筒)からなり、一般の人達は装置を購入してオペラの曲などが予め録音されている「蝋管レコード」を入手し、再生して楽しんだりしていた。また、音が記録されていない「蝋管レコード」を入手し、いろいろな音源を記録して楽しむことができた。

 ピウスツキ「録音鑞管」
 世界的なアイヌの研究者である、ポーランドの人類学者ブロニスワフ・ピウスツキは、1887-1905年まで樺太(現在のサハリン)に流刑となり、その期間を利用して樺太アイヌを含む原住民について研究を行った。その研究の中で言語を持たなかった樺太アイヌが歌う「ユーカラ」などをエジソンの「蓄音機」を使用して「蝋管レコード」に録音した。その後、流刑を解かれ、ポーランドに戻ったが、ヨーロッパは戦乱が続き、その最中で持ち帰った研究資料は長い間行方不明になっていた。

 ところが、約一世紀が経過した現代になって、全くの偶然からピウスツキが下宿していた下宿屋の物置から73本の録音された「録音蝋管」が発見され、公的機関に保管された。

 これらの経緯は、日本に於けるアイヌ研究者の知るところとなり、ポーランド政府と交渉の結果、日本の「北海道大学」を中心とした共同研究が組まれることになり、状態の良い62本の「録音蝋管」が「北海道大学」に送られた。

 この借り出した貴重な「録音蝋管」を痛めずに元音(情報)を取り出す方法が検討され、結論的には歯科の印象技術と材料を使用してコピーを作成し、そのコピーした「録音蝋管」から情報を読み取ることとした。このコピーの作成を私どもの教室で引き受けることになった。

 「録音蝋管」のコピー作成
 蝋管の形状は、直径(外径)55mm、長さ105mmの円筒状でその表面に254μm間隔で約400本の溝が刻まれている。この溝は、音声信号の大きさに応じて深さが変化する構造になっている。

 蝋管レコードがあまり普及しなかった理由の一つは、コピーの難しさにあったといわれている。その難しいコピーを行うために蝋管一個ごとに型枠を作り、蝋管を型枠の中で固定してシリコーン樹脂(特別に調合した歯科用のシリコーン印象材)を注入し、硬化後、蝋管を取り出した空間にエポキシ系樹脂を流し込み硬化させた。

 特殊なシリコーン印象材の調達
 蝋管の印象を採得するにあたって、歯科用のシリコーン印象材を試した結果、音溝の再現性は十分であったが、流動性の不足と硬化時間が早く、使用が困難であった。そこで、而至歯科工業株式会社(株式会社ジーシー)の当時、研究所長をなさっておられた専務取締役の富岡 健太郎 氏にご相談したところ、その様な研究のためであれば全面的に協力しましょう、ということで、印象材(エクザフレックス インジェクションタイプ)の改良から供給まで、すべて無償でご協力いただいた。

 NHKスペシャルでの放映
 この研究の経緯と結果については、1984年6月25日のNHKスペシャル「ユーカラ沈黙の80年―樺太アイヌ蝋管秘話―」のタイトルで放映された。

 実は、この番組の中で、私はすぐに快諾いただいた富岡専務やジーシーさんにお礼を申し上げるつもりで居りましたが、NHKの規定で叶えられませんでした。ここで改めて、この機会にお礼を申し上げたいと思います。 

著者

内山 洋一

北海道大学名誉教授・北海道医療大学客員教授
(うちやま・よういち)

内山洋一 (うちやま・よういち)

1934年生まれ。1958年東京医科歯科大学歯学部卒業。7月同大学歯学部歯科補綴学教室助手。1964年同講座講師。1967年東北大学歯学部歯科補綴学第一講座助教授。1971年北海道大学歯学部歯科補綴学第二講座教授。1997年同大学名誉教授。同年北海道医療大学客員教授のほか多くの大学・講座で教鞭を取り現在に至る。また日本補綴歯科学会をはじめ日本医用歯科機器学会、日本接着歯学会、日本歯科審美学会、日本顎顔面補綴学会、日本顎関節学会などで会長、理事、評議員などを務める。近年の研究テーマは「歯科医療の質的向上と省力化・システム化、(CAD/CAMシステムの臨床応用)」。趣味は、ライカ等のカメラいじりである。