昭和30年代に入り、日本も戦後から脱却し、経済成長を遂げると共に、国民皆保険も追い風となり歯科を受診する患者も年々増加した。更に、昭和30年には厚生労働大臣の免許を受けて、歯科医療の用に供する補綴物、充填物または矯正装置を作製し、修理し、または加工する「歯科技工」を生業とする「歯科技工士」が誕生し、歯科医師の技工作業を分担できるようになって現在に至っている。以来、歯科技工士の養成は、都道府県の歯科医師会が設立した専門学校や私立の技工士学校および歯科大学附属の技工士学校で行われ、その養成所の数は、平成24年(2012年)現在、全国で54校、入学定員は1970人に達し、歯科医療の発展に貢献している。
この、歯科医療の一部を担う歯科技工士が誕生したことにより、多くの歯科医師は技工作業を自ら行わずに診療に専念し、印象あるいは作業模型に「技工指示書」を添付して歯科技工士が開設する「歯科技工所」に技工物の作製を依頼するようになった。
この技工物の作製にあたっては、必要な患者固有の情報と依頼者である歯科医師の意思が、作業者である歯科技工士に正確に伝達される必要があり、その役割として「技工指示書」が存在する。しかし、人工歯配列における歯の位置などの三次元的な情報は指示書だけでは表現することが困難である。そこで、人工歯の配列を変更するような抽象的な指示を行う場合は、担当の歯科医師が作業模型に手を加え、歯の位置を具体的に修正したうえで指示した方が良い結果が得られる。これに類する例は、クラウンの形態をワックスパターンで確認する場合なども同様である。
このようなことは、歯科医師が自分で技工作業を行っている場合は問題にならなかったことであるが、歯科技工士に技工作業を依頼したことによって技工物が歯科医師の手を離れ、一人歩きをする部分が生じたことの表れと思われる。
最近の歯科大学を卒業して間もない歯科医師は、技工作業についての経験はほとんどなく、技工作業は自分たち歯科医師の手を出す領域ではないと考えているように思われる。これは理工系の大学で建築を専攻してきた建築士が建築の工事現場を知らないようなものである。
現在の若い歯科医師がこのような状態にあるとすれば、歯科技工士に技工作業を分担させて歯科医療全体の効率と質的向上を図るうえで、歯科技工士の努力が空回りしかねない。これを解決するためには、歯科学生の技術教育を徹底して診療技術のモチベーションを高めると共に診療技能の向上を図る必要がある。また、卒後の研修医の時代には具体的な技工作業の実習と技工指示書の運用も含めて、歯科技工士との連携作業を体験させることも大切である。