DentistからStomatologist『口腔科医』へ

No.127

20XX年、冬、東京口腔科大学の診療室Aの待合室。明るい雰囲気の待合室で、個人専用携帯が、1人の順番を知らせる合図を告げた。少し禿げ上がった小太りの人の良さそうな中年が会釈をしてtest診療室に入ってきた。「担当の井上です。どうされましたか?」と尋ねると、「じつは、2週間前に手のひらに水泡のようなものができて、皮膚科に行ったら、口腔科へ行きなさいと言われ。また、先週は内科で糖尿病の予備軍だから口腔科へ行きなさいと言われたんです。そして昨日は、どうも食べ物が飲み込み難くなったので、耳鼻科へ行ったら、口腔科へ行きなさいと言われたんです」と話はじめた。「そうですか。それは大変でしたね……」。

 それでは皮膚科と内科と耳鼻科での検査値をお見せいただけないでしょうか」と言うと、佐○木さんは、検査データが保存されたメモリーチップを取り出した。「佐○木さん、歯科の治療を受けたのは確か30年前ですよね」という問いかけに、「よく覚えていませんが、奥歯に2箇所金属を入れられたと思います。その後15年前にバレーボールのフライングレシーブで床に顎をぶつけ骨折して、5本インプラントを入れました」。

 歯科では接着性材料が目覚しい進歩を遂げたあと、2次うは顕著に減少し、口腔衛生IQの上昇から歯周病も少なくなっている。

 「まず、唾液を検査しますよ。ストレスタンパクなども影響しますからね。それと、佐○木さんの細胞の一部を使って、iPS細胞を作り反応も見ましょうね。アレルギーからすべてわかりますから」「口腔科が頼りなんです。よろしくお願いします」。

 2007年改正医療法により医療安全、感染予防、医薬品、医療機器の安全使用に関する法律が、2008年歯科診療報酬改定によりGTR、レーザー、接着ブリッジが保険に、2008年高度医療評価制度が開始され、薬事未承認、目的外使用薬剤、材料の使用に光がさした。2010年歯科診療報酬改定ではインプラント保険導入と騒がれている。しかし、いずれも歯科に特化した内容のみであり、検査に関するものは何一つない。古くから一元論、二元論が論議されてきた歯科と医科であるが、時代の流れは、長寿時代に対応する医療である。そんな時代なのに、医科が細分化されてきたために、さらに患者は昏迷を極めている。検査によるエビデンスに基づき、診断をつけ、そして適切な診療科への紹介、病々連携、病診連携、診々連携が成り立たなければ、これからの医療は……。医療維新を目指し、立ち上がるときかもしれない。

 「佐々木さん、それでは、口腔科での診断と治療方針などを含めた紹介状を書きましたから、3つの病院で治療してください。経過は私がPCで管理しますから……。それと、ご希望ならインプラントを再生歯に替えてもいいかもしれませんね。都市型の口腔科を紹介しますよ」「じゃ、それもお願いします」と明るい顔で病院を出て行った。

 削って詰める世界には終止符を打つ時が必ず来る。歯科と医科は一元論だろうが二元論だろうが関係ない。医療なのだから、検査をして原因を突き止め、治療方針を立てて、経過観察を行なう。そんな夢を見ている。夢は実現しなくてもいいのかもしれない。夢なのだから……。(完)

 4年間にわたり、ジーシー・サークルにてエッセイを書かせていただき感謝申し上げます。

著者

井上 孝

東京歯科大学臨床検査学研究室・教授
(いのうえ・たかし)

井上 孝(いのうえ・たかし)

1953年生まれ。1978年東京歯科大学卒業。2001年東京歯科大学教授。幼少時代を武者小路実篤、阿部公房などの住む武蔵野の地で過ごし文学に目覚め、単著として『なるほど』シリーズを執筆。大学卒業後母校病理学教室に勤務し、毎日病理解剖に明け暮れ(認定病理解剖医)、“研究は臨床のエヴィデンスを作る”をモットーにしている。