全員が名医に

No.142

医師の治療法と、歯科医師の行う治療法を比較すると医師は、まず患者から疼痛や発熱といった訴えを聞き、症状に沿って診査や検査を行い、それらの結果から原因と合理的な病名を推定し、test診断を下している。診断が決まれば、特別の疾患でないかぎり、治療は薬剤の投与なども含めて医師の管理下で行われ、自然治癒の流れに乗って治癒していく。したがって、この治療のスタートとなる診断は非常に重要で、これを誤ると、治療は成功しない。そこで、医師は多くの臨床経験や病理解剖などを積み重ね、多くの診断用の機器や検査法も開発されている。

 医師は、体外に現れる間接的な情報から体の内部で起きている病変を読み取り、診断を下すが、歯科医師の場合、う蝕の治療を例にあげると病変の部位は、開口すれば直接見ることができ、患部に触れることも可能である。したがって、診断や治療方針の立案も容易で、誤ることはまずありえない。しかし、その後の治療が、物理的・機械的な手作業になるので、担当医の技能の優劣が治療結果に大きな影響を与えることになる。

 近年、社会生活が多様化し便利になった反面、新卒の歯科医師の技能は年々低下してきているように思われる。

 現在の歯科医師に必要とされる技能は、歯科大学入学以前から個人が成長する過程で身につけた手技能力の上に歯科大学で受ける教育と技術の修練によって積み上げられるものである。したがって、歯科医師を目指す学生は入学前にある程度のベースとなる技能を保有していなければ、歯科大学の4年間の教育で歯科医師として必要な技能を獲得できるとは思えない。

 ここで他に目を転じると、近年、IT産業の急速な発展によってインフラも含めた社会機構の変革が我々の周囲に広がりつつあることに気づく。その身近な例は、電子計算機、ワープロに始まり、携帯電話、各種の家電製品、電子メール、GPS、光通信などといった形で現れ、我々の生活を豊かにしたことである。反面、従来から生活するうえで必要としてきた手仕事の比率は減少の一途を辿っている。

 このような状況下で従来通りの手技を主体とした歯科治療に固執しても今後の発展は望めないものと思われる。そこで、治療の術式を再検討し、歯冠修復物や義歯などの物作りの分野は精密な作業を得意とする最新のCAD/CAMシステムを取り入れた機械加工に任せ、さらに新たな装置を開発して口腔内の作業も行えるようにすれば、外傷などが同じプロセスで自然治癒するように担当医による技術差の影響も減少し、技工物の精度と品質も向上するので歯科医は名医として信頼され、患者はどこでも安心して高品質の治療を受けることが可能となる。

著者

内山 洋一

北海道大学名誉教授・北海道医療大学客員教授
(うちやま・よういち)

内山洋一 (うちやま・よういち)

1934年生まれ。1958年東京医科歯科大学歯学部卒業。7月同大学歯学部歯科補綴学教室助手。1964年同講座講師。1967年東北大学歯学部歯科補綴学第一講座助教授。1971年北海道大学歯学部歯科補綴学第二講座教授。1997年同大学名誉教授。同年北海道医療大学客員教授のほか多くの大学・講座で教鞭を取り現在に至る。また日本補綴歯科学会をはじめ日本医用歯科機器学会、日本接着歯学会、日本歯科審美学会、日本顎顔面補綴学会、日本顎関節学会などで会長、理事、評議員などを務める。近年の研究テーマは「歯科医療の質的向上と省力化・システム化、(CAD/CAMシステムの臨床応用)」。趣味は、ライカ等のカメラいじりである。