分化系の歯科

No.112

歯医者になるには、6年生の大学に入る学力が求められ、入学時も特殊な環境で特殊な勉強ばかりしている特殊人になりやすい傾向がある。そして歯医者になってしまうと、常に「先生」と呼ばtest れ、頭を下げられ、謝礼を得ることが当たり前になってしまう。“実るほど頭を垂れる稲穂かな”の格言は歯医者の場合には、“実るほど後ろに頭を垂れて、つっかえ棒が必要になる”となりそうである。だから、「患者を診てやる」という感覚を持つようになってしまう。患者が多く、診療時間の短さ、忙しさはもちろん憂慮すべき点ではあるが、きちんと説明し、対応しなければトラブルは避けられない。医師もふんぞり返っていないで、「診てやる」ではなく、「医療サービスの提供」と考えていく時代になった。“お医者様”と呼んでいた時代から“患者様”と呼ぶ時代が来たのである。

 さて、その象徴が医療面接である。従来医師は3つの医学的情報を元に診断し、治療してきた。診断に際しては問診によって患者の環境情報、訴え、病歴などが聴取され、次いで診察を通して正確な身体的所見を調べ、そして基本検査を行い、どの系統の病気か、どのような病態が起こりつつあるのかを判断していた。その後、確定診断に必要な検査を実施し、病態と病名が確定したら、それに適応した治療を施し、経過観察の中で必要な検査を繰り返し行い、治療の有効性、治癒の程度、予後を判断したのである。つまり、問診は、診断の参考のために病歴、病状などを質問することで医師と患者が最初に行う医療行為といえる。医療面接は、問診のように最初だけでなく、医師と患者の出会いから転帰にいたるまですべての時間軸において行われる言葉の医療行為といえるであろう。そして、インフォームドコンセントが医療面接の要となる。インフォームドコンセントは1997年に医療法の医師の責務に努力規程として追加されたもので、診療に先立ち“説明に対する理解と同意”を取り付けることで、安心で信頼できる医療行為の第一歩と考えられている。そして患者に必要な医療情報を提供することは、医療事故防止にもつながるのである。

 さて、再び現状に戻ってみると、2004年現在大学に入るにはまだ高いIQ(知能指数)が必要とされている。そして現実的に、卒業していく歯科医師の約半数が対話能力、つまりEQ(情動指数)が不十分といわれている。その理由は、IQ獲得のために高校時代に叩き込まれた“医学は理系”という先入観にある。そして大学に入学してもほんの一時、予科として社会系学問に触れるが、2年目の後半ともなると、理科系医学一色となる。そして、理科一色に教育された学生は、病院に上がり患者さんと対面すると医学は文系の学問かもしれない、自分にはEQが足りないと気づくのである。IQを重視され大学に入っても「ヒトを知り、ヒトを知ることの能力、ヒトとやり取りのできる能力」、つまりEQ(情動指数)のほうがどれほど重要かに歯科医師自らが気が付くのだが時すでに遅しなのである。いま、医学教育にOSCEやチュートリアル、そして医療面接という言葉が氾濫しているが、すべてこれら述べてきたことが前提になっているからだと思う。ただし、大きな問題はそれを指導している大学の医局員がIQで育った人間である……。

著者

井上 孝

東京歯科大学臨床検査学研究室・教授
(いのうえ・たかし)

井上 孝(いのうえ・たかし)

1953年生まれ。1978年東京歯科大学卒業。2001年東京歯科大学教授。幼少時代を武者小路実篤、阿部公房などの住む武蔵野の地で過ごし文学に目覚め、単著として『なるほど』シリーズを執筆。大学卒業後母校病理学教室に勤務し、毎日病理解剖に明け暮れ(認定病理解剖医)、“研究は臨床のエヴィデンスを作る”をモットーにしている。