歯医者をしながら女優をしています」いつも芸能界の仕事現場でこんな風に自己紹介をしている。相手はたいてい驚き、「どうして?」と関心を持ってくれることも珍しくない。
もともと人と話すのが苦手な上に人見知りが激しい。パーティーなど大勢の場では尻込みしてしまい、空気のような存在感のない人で終わってしまう。臨床実習で初めて患者さんに接したときは、自分でも何を話したか覚えていないくらい緊張し、とても疲れた。そんな自分の性格もあって大学院では基礎系研究に進み、ラットと戯れる毎日を過ごしたりもした。
それなのに、26歳のある日、芸能事務所のオーディションを受けてみた。私の父親は台湾人、母親は日本人。幼少期を台湾で過ごしたことから、「日台にルーツを持つタレント」になれると思い込んだからだ。当時、ビビアン・スーさんや金城武さんら台湾出身の芸能人の活躍に刺激を受けたこともあった。
幸いオーディションに受かり、演劇の舞台やテレビドラマに出るようになった。「歯医者兼女優」という一風変わった肩書きを名乗る生活に足を踏み入れることになったのである。
始めてみると、様々な疑似体験ができることが役者業の醍醐味だと分かった。
「あなたがいないと私は生きていけないの」。こんなセリフは自分に一生縁がないと思っていた。けれども、ドロドロした愛憎劇で有名なフジテレビの昼ドラに出演したときは、役になりきって難なく口にできた。NHKドラマ『上海タイフーン』では中国人役でセリフはオール北京語。共演者の中には最後まで私を中国人だと思い込んでいた人もいた。
演劇には医療が絡む話も多い。子供を産んだことがないのに妊婦を演じたり、夫に先立たれた未亡人や、余命幾ばくもない闘病患者などに扮したりすることもある。
現実の生活で苦手だった歯科医の仕事でも、白衣を着て歯科医として治療しているときの私は歯科医を演じているのだ、と考えるようにした。すると、不思議と患者さんとのやりとりも苦にならなくなった。思わぬ相乗効果が生まれたのだ。
芸能界は派手で華やかだというイメージがあるが、現実はとても不安定で、仕事があるときとないときの落差は激しい。第一線で活躍している俳優さんでも、私が歯科医だと知ると「資格があるなんていいね」「歯医者さんやっていた方がいいんじゃない」と聞いてきたりする。そのたびに、「いまの時代、歯科医師もそれなりに大変なのよ」と歯科医療業界の現実を教えてあげてきた。
歯医者と違い、資格が不要なので、私を含め、自称役者がゴロゴロいる。何でも挑戦してみようとバラエティ番組やクイズ番組にもチャレンジし、今年に入ってエッセイ『私の箱シャンズ子』という本を出した。女優としてはまだまだ発展途上の段階だが、いつかこう言えるようになるまで頑張ってみようと思っている。
「女優をしながら歯医者をしています」