No.123

内閣総理大臣 DNA君、官房長官 RNA君、外務大臣 レセプター君、厚生労働大臣 ミトコンドリア君、法務大臣 Tリンパ球君…、少子化対策担当大臣 性染色体君。細胞が地球上に現れたときに使test命された細胞内閣は今でも変わらない。

 内閣総理大臣のDNAに異常が生じると、細胞はアポトーシスという細胞死に導かれ、細胞自体の破壊、内閣総辞職が起こる。また、官房長官であるRNAが上手く総理であるDNAの情報を復元できなければ、病気という事態に陥ることになる。異常な蛋白が作られてしまうから…。

 一方、日本の内閣は目まぐるしく代わり、しかも、その大臣たちの話は実にわかりにくい。首相は何を言っているのか、それを補佐する官房長官も歯切れが悪い。実は、細胞の総理大臣であるDNAの指令も実にわかりにくいのである。31億塩基対の中に、わずか1~2%程度の重要な内容(エクソン:遺伝子配列)が意味のない配列(イントロン)中に隠されているからである。しかし、細胞の官房長官RNAは実に素晴らしい。1~2%だけのDNAの遺伝情報のみを取り出し(スプライシング)、国会議事場である細胞質へ必要なことだけを持ち込むからである。その細胞質では、遺伝情報の解読が始まり、アミノ酸配列が決まり、そして必要なタンパク質が分泌される、実に理路整然とした議題はエクソン主体のみの細胞国会である。日本国内閣はもちろん、一般の会議では是非、細胞内閣を見習って欲しいと思う。

 さて、講演や講義では、イントロンがたいへん重要である。例えば、前述の話を別の視点から講義すると「今日はセントラルドグマについて話します。セントラルとは中心、ドグマとは宗教における教義のことで、分子生物学の中心原理と考えればよいでしょう。これは、遺伝子のDNAの情報が伝令RNAに転写されることに始まります。転写とは、DNAの情報を鋳型としてmRNAという鋳造物を合成することです。このmRNAに写し取られた遺伝情報はtRNAという翻訳機で翻訳されて、必要なタンパク質が合成されるわけです。東海道新幹線に例えると、東京から大阪までの線路と駅がDNAで、品川、新横浜、小田原…という駅が遺伝情報で、線路は意味がない場所です。そして駅だけの写真を撮影し並べたのがmRNAで…」、と考えれば結構わかりやすい。それは、文章の中にイントロンが多いからである。この話のエクソンはというと、DNA→(転写)→mRNA→(翻訳)→タンパク質となる。しかし、このエクソンのみでは飽きてしまう。かといって、イントロンが多すぎると雑学のみが頭に残ってしまう。

 私の大学教員としての見解はこうである。基礎話題の講演はイントロンが6割以上、学生の講義はイントロンが4割以内、会議はイントロンが1割以下。私はエクソンのみの会議でいいと思っている。要点のみで短時間に終わり、私が眠らずにすむから…。

著者

井上 孝

東京歯科大学臨床検査学研究室・教授
(いのうえ・たかし)

井上 孝(いのうえ・たかし)

1953年生まれ。1978年東京歯科大学卒業。2001年東京歯科大学教授。幼少時代を武者小路実篤、阿部公房などの住む武蔵野の地で過ごし文学に目覚め、単著として『なるほど』シリーズを執筆。大学卒業後母校病理学教室に勤務し、毎日病理解剖に明け暮れ(認定病理解剖医)、“研究は臨床のエヴィデンスを作る”をモットーにしている。